牛との出会い(農業高校時代の牛との思い出)

農業高校に入学して

小さい頃から動物が大好きで、小学校の卒業アルバムには将来の夢を”獣医さん”と書いていました。

大阪で生まれ、大阪で育ち、府内で父の幾度かの転勤を経て、小学4年生の時、大阪府南河内郡美原町(現在は堺市美原区)という小さな町に引っ越しました。その町には大阪府立農芸高校という農業専門の高校があり、学校の近くを通るたび「たくさん動物がいて楽しそうな学校だなぁ!」と憧れていて、小学校のころからずっと行きたかったその高校を受験して合格し、1994年4月に入学しました。

入学後、まずは牛・豚・小動物など、ローテーションでいろんな動物の世話を体験しました。牛の糞をフォークで混ぜて堆肥を作る作業は、みんな糞まみれになってくさかったけど、楽しくてずっと笑っていました! 豚の毛を触ってみると想像以上に硬くて、竹ぼうきのようだった。牛の鼻は柔らかく、濡れている。サラリーマンの家庭に育った私には、何もかもが新鮮で自分の選んだ高校がますます好きになりました。ひととおりの動物の世話をした後、私は大家畜部(牛部)を選び、3年間牛の世話をしました。

そして牛の魅力にはまり、牛が何より大好きになりました。

牛の世話って大変!

牛の世話は早朝からはじまります。絞りたての牛乳を乳業会社へ運ぶタンクローリーが、朝早くに牛乳を回収に来るので、それまでに掃除、エサやり、搾乳を済ませなければいけないからです。牛たちと、酪農家のみなさんが朝早くから頑張って働くことで新鮮な牛乳が食卓に並ぶのだと感じました。

基本的に酪農の作業は、搾乳はもちろんエサやりから掃除まで、何かと体力を使います。乾草のひと巻きは2~30キロほどあって、高く積まれてる乾草を降ろして一輪車に乗せるのに、初めは何分かかったことか・・。牛が食べ残して水を吸ったエサはひどく重いし、牛の糞も重い。汗まみれ、糞まみれになって、それでもみんな笑顔で、最終的には、10キロのエサ袋を両肩に乗せて平然と歩くほど力持ちになりました。

はじめての子育て

1年生のうちは、ほぼ毎日堆肥の処理に追われていましたが、2年生になると仔牛の世話ができる!という希望がありました。そして私は、2年生になる前の春休みに、一頭の子牛の世話を担当することになりました。

お母さん牛は、黒が多くシュッとした顔立ちで美人タイプのローラ。お父さんはアメリカ在住のホルスタイン。牛のほとんどは、人工授精で種付けされ、生まれてきます。

生まれてくる仔牛がメスだと、乳牛としてずっと学校で育てることができますが、オスだと約7週間ほどで出荷され、どこかの牧場でしばらく育てられたあと、お肉になります。ローラのお腹を毎日なでながら、毎日、仔牛がメスであることを願っていました。

春休み中、いよいよローラの出産のときが来て、はじめての出産にどきどき。女の子、女の子、と願っていましたが、生まれて来た仔牛は男の子でした。それは少し悲しかったけど、とにかく元気よく生まれてきてくれた!それだけでじゅうぶんでした。生まれたての赤ちゃんの鼻につまったタン汁を、口で吸って出した時のしょっぱい味は今でも忘れられないし、生まれてすぐに、震えながらも自分の足で立ってくれたことに、ものすごく感動したのを今でも覚えています。

3月23日。42キロで生まれてきた、自分より少し小さい赤ちゃん牛。可愛くて、嬉しくて。ローラにありがとうを言って、わたしはその子の育ての母になりました。

さて、名前をどうしよう?女の子であってほしいと願って、名付けの本まで買い、一生懸命考えていたにも関わらず、お兄さん牛が “海” だからという安易な理由で、わたしは赤ちゃんに “陸” と名付けました。陸という名前はとても気に入っていたけど、後で先輩に聞いたら、実は海のお兄さんも陸だったらしく(笑) 陸→海→陸に戻してしまった自分のセンスのなさに呆れながらも、陸は元気にすくすく育ちました。そして親ばかな私の陸は、気がつくと、すごく甘えん坊になりました。

ミルクをあげた後もしばらく私の指を吸って離さなかったし、催促の頭突きもよくしてきました。…この頭突きは本来、仔牛が母牛のおっぱいを突いて刺激することで乳房が張ってたくさんお乳が出るようにするもの。私は牛ではないので牛乳は出ませんが、それでも私をお母さんだと思って頭突きしてくる陸が愛おしくてたまりませんでした。

陸が生まれたのは春休みの最中だったので、一日中そばにいて、腕まくらで一緒にお昼寝したり、お散歩に行ったり、休みにも関わらず毎日学校に通って、いつも一緒に過ごしていました。腕枕をするとき、はじめは牛なりに気を使っているのか、全体重を乗せてこないけれど、熟睡してくるとやはりだんだん重くなってきて、何度か腕がしびれてもげそうになりました。でも自分に身を任せてくれる陸が本当に可愛くて仕方ありませんでした。友達に何度も、「親ばかやなぁ」って言われたけど、やっぱり可愛い大切なわが子。1日1日を大切に、大事に大事に育てていました。

それでも、別れのときは来て、陸は生まれて51日目、授業中に連れて行かれてしまいました。その日に売られていくのは知っていたので、朝のうちにお散歩しようと思ったけれど、雨でできなくて、休み時間の度に牛舎に走って行ったけれど、一番最後に、会えなかった。

もう、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになりながら、声をあげて泣きました。

あの悲しみは、思い出すと今でも涙がこみ上げてきます。ローラと私の、大切な赤ちゃん。陸はあれからどこでどんな風に育てられたのだろうか。優しい牧場主さんに育ててもらえたと信じたいです。

51日間の哺乳日記の最後に、「今まで犬が好きだったけど、牛が一番好きになった。ありがとう、陸」と書きました。先生は、「牛を好きになってくれてありがとう」と返事をくれました。陸が生まれてくれて、その世話をさせてもらって、命の大切さを実感し、牛への愛情や感謝の気持ちが特別大きなものになりました。そんな貴重な経験をさせてくれた母校や先生に、今でも感謝しています。

牛の出産係り

当たり前のことなのですが、牛乳を出してくれるのはもちろんメスの牛で、成長して、妊娠して、子供を産むことで初めてお乳が出るようになります。

牛の妊娠期間は人間と同じで10月10日(とつきとおか)。出産前の約2ヶ月は”乾乳期間”といって、お乳を搾らず、なるべくストレスを与えないように、運動場に放したり、個室にいれたりと、それぞれ慎重に管理されます。

2年生の夏から、私は乾乳から出産までの牛のお世話係りを担当することになり、何度も出産に立ち会いました。また、学校から家が近かったこともあり、出産間近の牛がいると、気になって夜中にひとりで学校に忍び込み、様子を見たりもしました。

分娩牛のうめき声を聞いてなんだか涙が出そうになったことや、難産の子牛を産科チェーンで引っ張って、気がついたら自分の手から血が出ていたこと。夜中に様子を見に行ったら、お産が始まって、同じく様子を見に来てた後輩とふたりだけで出産させたこと。初産で腰を抜かして立てなくなった牛の、お腹に貯まったガスを抜いた時のたまらなく臭いにおいや、立ったまま生んだお母さんのお尻から、子牛を受け取った時の命の重さ。

ひとつひとつ、どれをとっても新鮮で、貴重で大切な思い出です。出産の”対応”には慣れても、その感動はいつまでも変らず、心に残っています。

なずな丸との2週間

2年生の秋に、乳牛ばかりの学校で唯一飼われていた「なずな丸」というオスの肉牛の世話を先輩から引き継ぎました。なずな丸は2週間後にはお肉として売られていく事が決まっていました。

先輩からは「暴れるから気をつけて」と聞かされていたなずな丸。確かに初めは乾草をあげるにも毎度頭突きをされる程でしたが、毎日草まみれ、泥まみれになりながら根気強く接しているうちに、少しずつ私に慣れてくれたようで、首や頰をかかせてくれたり、時折甘えるような仕草も見せてくれるようになったと感じていました。

出荷される前に、最期に何かしてあげられることは無いかと考え、思い切って全身を洗うことにしました。友人と3人がかりで、これまでほぼ手入れされていなかった頑固な糞の鎧を水とタワシで磨き落とし、蹄も綺麗に洗いました。すっきりピカピカになった蹄で脚を踏むナズナ丸は心なしか誇らしげに見えました。

それから数日後、なずな丸はお肉として売られて行きました。体育の授業中でしたが、大家畜担当の吉田先生が呼びに来てくださって、夢中で牛舎まで走り、今まさに出発しようとしているトラックに駆け寄りました。なずな丸は今まで聞いたこともないような大きくて悲しい声で鳴いていて、私がトラックの荷台に足をかけ、涙を堪えてそっと頬を撫でると、少し落ち着いた様子で、じっと、静かにこちらを見つめてくれて、その瞬間、私は涙が止まらなくなりました。理解はしていたつもりだけど、いざトラックが動き出し、再び大きな叫び声をあげながら次第に去っていくなずな丸を見送り、やはり胸が張り裂ける思いでした。今でも時々思い出しては涙するほど、忘れられない思い出です。

あのとき、トラックを待たせてくれて、農場から体育館まで走って呼びに来てくださった先生も、なぎ刀のテスト中だったのに農場へ行くことを許可してくださった体育の先生も、帰る途中、渡り廊下でうずくまっている私に声をかけてくださり、牛が売られていったと話すと「そうか、落ち着いたら戻りや…」と優しく言ってくださった普通科の先生も、、なんて優しいんだろう。農業高校に入って良かったと、心から思います。


続きます

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