牛写真家の牧場訪問記「うしカメラBLOG」
牛展−アーティストによる牧場
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動物写真家 高田千鶴 公式サイト
 
はじめに
なんで牛が好きなの?って、よく聞かれます。

それはもう全部、何もかもが好きだし、語りだすときりがないけど
一番好きなのは、何も考えてなさそうなところ。

牛のそばにいると、自分自身がすごく自然体でいられる。
そういうところが、すごく好きなんだと思います。
牛との出会い
小さい頃から動物が大好きで、小学校の卒業アルバムには
将来の夢を"獣医さん"と書くほどでした。

大阪で生まれ、大阪で育ち、府内で父の幾度かの転勤を経て、
小学4年生の時、大阪府南河内郡の美原町という小さな町に引っ越しました。

その町には大阪府立農芸高校という、農業専門の高校があり、
学校の近くを通るたび「たくさん動物がいて楽しそうな学校だなぁ」と
憧れていて、高校受験で迷わずその高校を選び、入学。

入学後、まずは牛・豚・小動物など、ローテーションで
いろんな動物の世話を体験しました。

牛のフンをフォークで混ぜて堆肥を作る作業は、皆フンまみれになって、
くさかったけど、楽しかった(笑)
豚の毛を触ってみると、想像以上に硬くて、竹ぼうきのようだと思った。
可愛いピンクの鼻は、柔らかく、濡れていた。

サラリーマンの家庭に育った私には、何もかもが新鮮で
自分の選んだ高校がますます好きになった。

ひととおりの動物の世話をした後、わたしは大家畜部を選んで、
3年間牛の世話をしていました。

そして牛の魅力にはまり、牛が何より大好きになりました。
牛の世話
牛の世話は早朝からはじまります。

絞りたての牛乳を乳業会社へ運ぶタンクローリーが、朝早くに牛乳を回収に来るので、
それまでに掃除、エサやり、搾乳を済ませなければいけないからです。
牛たちと、酪農家のみなさんが朝早くから頑張って働くことで
新鮮な牛乳が食卓に並ぶのだ、と改めて感心しました。

基本的に酪農の作業は、搾乳はもちろんエサやりから掃除まで、
何かと体力を使います。

乾草のひと巻きは2〜30キロほどあって、積んである乾草を降ろして
一輪車に乗せるのに、初めは何分かかったことか・・
牛が食べ残して水を吸ったエサはひどく重いし、牛のフンも重い。

汗まみれ、フンまみれになって、それでもみんな笑顔で、
最終的には、10キロのエサ袋を両肩に乗せて平然と歩くほど力持ちになりました。
はじめての子育て
高校2年になってすぐに、一頭の子牛の世話を担当しました。

お母さん牛は、黒が多くシュッとした顔立ちで美人タイプのローラ。
お父さんは、ベルジアールジェリーチーフと言う、アメリカ在住のホルスタイン。

生まれてくる子がメスだと、乳牛としてずっと学校で育てることができますが
オスだと、約7週間後に出荷され、更にどこかの牧場でしばらく育った後お肉になります。

ローラのお腹を毎日なでながら、どれだけ、子牛がメスであることを願ったか。

いよいよローラの出産のときが来て、はじめての出産にどきどきのわたし。

でも、生まれて来た子は男の子でした。

それは少し悲しかったけど、とにかく元気よく生まれてきてくれた。それだけで嬉しかった。
生まれたての赤ちゃんの鼻につまったタンを口で吸って出した時のしょっぱい味は今でも忘れられないし、
生まれてすぐに、震えながらも自分の足で立ってくれたことにものすごく 感動した。

3月23日。42キロで生まれてきた、自分より少し小さい赤ちゃん牛。可愛くて、嬉しくて、泣いた。
ローラにありがとうを言って、わたしはその子の育ての母になりました。


さて、名前をどうしよう?
女の子であってほしいと願って、名付けの本まで買い、一生懸命考えていたにも関わらず、
お兄さん牛が "海" だからという安易な理由で、わたしは赤ちゃんに "陸" と名付けました。
陸という名前はとても気に入っていたけど、後で先輩に聞いたら、実は海のお兄さんも陸だったらしい(笑)
自分のセンスのなさに少し落胆しながらも、陸は元気にすくすく育ちました。

親ばかなわたしの陸は、気がつくと、すごく甘えん坊になりました。

ミルクをあげた後もしばらくわたしの指を吸って離さなかったし、催促の頭突きもよくしてきました。
…この頭突きは本来、母牛の乳を突いて刺激して、乳房が張ってたくさんお乳が出るようにするもの。
わたしは牛ではないので牛乳は出ませんが、それでもわたしをお母さんだと思って頭突きしてくる陸が
愛おしくてたまらなかった。

陸が生まれたのは春休みの最中だったので、腕まくらで一緒にお昼寝したり、
お散歩に行ったり、休みにも関わらず毎日学校に通って、いつも一緒に過ごしていました。
腕枕をするとき、はじめは牛なりに気を使っているのか、全体重を乗せてこないけど
熟睡してくるとやはりだんだん重くなってきて、何度か腕がしびれてもげそうになりました。
でも自分に身を任せてくれる陸が本当に可愛くて仕方がなかった。

友達に何度も、「親ばかやなぁ」って言われたけど、やっぱり可愛い大切なわが子。
1日1日を大切に、大事に大事に育てていました。

それでも、別れのときは来て、陸は生まれて51日目、授業中に連れて行かれてしまいました。
その日に売られていくのは知ってたから、朝お散歩しようと思ったけど、雨でできなくて、
休み時間の度に牛舎に走って行ったけど、一番最後に、会えなかった。

泣いたなぁ。

あの悲しみは、思い出すと今でも涙がこみ上げてきます。
ローラとわたしの、大切な赤ちゃん。

51日間の哺乳日記の最後に、「今まで犬が好きだったけど、牛が一番好きになった。ありがとう、陸」と書いた。
先生は、牛を好きになってくれてありがとうと返事をくれた。

陸が生まれてくれて、その世話をさせてもらって、自分は大きく成長したと感じました。

命の大切さを実感し、牛への愛情や感謝の気持ちが更に大きなものになった。
そんな貴重な経験をさせてくれた母校や先生に、今でも感謝しています。


陸がこの世に生まれてきました。
ローラも優しく陸を舐めています。
初めての哺乳。哺乳瓶に一生懸命
吸いついてくる陸が愛おしかった。
生まれてすぐに、自分の足で立った陸。
その健気さにまたまた感動。
仲良しのハルカとお散歩。陸の腰の
模様は、笑ってる人の横顔みたい。
運動場で。モテモテの陸。
人見知りだけど牛にモテたなぁ。
自慢の息子。陸と一緒に過ごした
日々は、いつまでも忘れません。
うしの出産
あたりまえだけど、牛乳を出してくれるのはもちろんメスの牛で、子供を産むことでお乳が出るようになります。

牛の妊娠期間は人間と同じで10月10日(とつきとおか)。出産前の約2ヶ月は"乾乳期間"といって、お乳を搾らず
なるべくストレスをあたえないように、運動場に放したり、独房にいれたり、それぞれ慎重に管理されます。

高2の夏から、わたしは乾乳から出産までの牛の世話係りを担当することになり、何度も出産に立ち会いました。
また、学校から家が近かったこともあり、夜中に何度も、ひとりで学校に忍び込んで様子を見みいったりもしました。

分娩牛のうめき声を聞いてなんだか涙が出そうになったことや、
難産の子牛を産科チェーンで引っ張って、気がついたら自分の手から血が出ていたこと。
夜中に様子を見に行ったら、お産が始まって、同じく様子を見に来てた後輩とふたりだけで出産させたこと。
初産で腰を抜かして立てなくなった牛の、お腹に貯まったガスを抜いた時のたまらなく臭いにおい。
立ったまま生んだお母さんのお尻から、子牛を受け取った時の重さ。

ひとつひとつ、どれをとっても新鮮で、貴重で大切な思い出。
いつしか出産の"対応"には慣れたけど、その感動はいつまでも変らず、心に残っています。
うしのイメージ
一般的に、大きいからなんとなくこわい。そんなイメージが強いかもしれないけど、
牛って意外と臆病です。それでいて好奇心が旺盛だから、こっちがじっとしてると寄ってくるし
触ろうとすると逃げたりする。ものすごくマイペース。

なかなかなついてくれないけど、だからこそ、 甘えてくれた時の喜びはひとしお。
高校時代、かりんという名前の牛がいて、かりんはあまり人が好きではなかったけど、
わたしはかりんが大好きで、ずっとしつこくかまっていたら、
高3の夏、牛舎専属の技能員の"おっちゃん"に「かりんはお前にだけはなついてるよなぁ」と言われました。
大げさかもしれないけど、その言葉は3年間でなによりうれしい言葉でした。
愛し続けたら、ちゃんと答えてくれるんだなぁって。
けっこう頭突きされたり、蹴られたりもましたが(笑)全部帳消しになるくらい、報われた瞬間でした。
 
つづく